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高松地方裁判所観音寺支部 昭和53年(ワ)35号 判決

原告 久保和則

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 高村文敏

同 久保和彦

同 金澤隆樹

右訴訟復代理人弁護士 臼井満

被告 福弥蒲鉾株式会社

右代表者代表取締役 福島弥寿夫

右訴訟代理人弁護士 三野秀富

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、それぞれ金一、一一〇万円及びこれに対する昭和五三年一〇月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  亡久保美佳(以下「美佳」という)は、原告ら夫婦の長女として昭和五一年八月二二日に出生したが、原告久保和則は観音寺市内の大協冷蔵株式会社に、また原告久保美千代も被告会社に勤務していたので、美佳の保育に当たることのできる者がいなかった。

2  被告会社は、自社の従業員で幼児の保育を必要とする者のために自社倉庫の二階に託児所(以下「本件託児所」という)を設け、常時二名の保母を配置し、一定の対価のもとに従業員出勤時の午前八時ころから退社時の午後五時ころまでの間、保育の業務を行なっている。

3  保育委託契約

(一) 原告らは、美佳のためにすることを示して、被告会社との間で、昭和五一年一〇月上旬ころ、美佳の保育につき次のような内容の保育委託契約を締結した。

(1) 委託料 月三、〇〇〇円

(2) 委託期間 昭和五一年一〇月一〇日から相当期間

(3) 委託時間 午前八時から午後五時まで

(二) 仮に原告らの右保育委託契約が有権代理行為とは認められないとしても、原告らは、被告会社との間で、前同時期ころ、前同内容の保育委託契約を締結し、その際、被告会社は、美佳に対して右保育債務を履行することを約した。

(三) 仮に右第三者のためにする契約成立の事実が認められないとしても、原告らは、被告会社との間で、前同時期ころ、前同内容の保育委託契約を締結した。

そして、本件においては、美佳が形式上は契約当事者ではないとしても、美佳が一個の人格を有し、保育を受くべき主体であることに鑑みれば、美佳は、契約当事者と同等の地位にあるものというべきであり、従って、美佳は自己の被った損害(逸失利益)を契約上の責任として被告会社に請求できるものというべきである。

4  本件事故の発生

美佳は、昭和五一年一一月五日、本件託児所に預けられたが、同日午前一〇時ころにミルクを与えられた後、就寝中に吐乳し、これを気管に吸引したため、同日午前一一時半ころに窒息死した。

5  被告会社の責任

(一) 債務不履行による責任

(1) 美佳に授乳した場合には、同人がその後吐乳し、これを気管に吸引して窒息するおそれがあったのであるから、被告会社としては、授乳する際には後に吐乳することのないよう授乳量を調整し、また、授乳姿勢についても適切な方策をとり、さらに、授乳後は美佳が吐乳しないかどうか、十分注意し、吐乳した場合には直ちにこれを除去する等して、美佳が吐乳により窒息したりすることのないよう適切な措置を講ずべき注意義務があった。

なお、美佳は従来からしばしば吐乳する癖があり被告会社の被用者で本件託児所の保育業務に携っていた沖崎チエミ及び北野薫は右事実を知っていた。

(2) 沖崎チエミ及び北野薫は、美佳が吐乳したことに気付かず、漫然放置していた。

(二) 不法行為による責任

(1) そもそも保育に携る者は、幼児が吐乳して窒息することのないよう観察を怠ってはならず、特に沖崎チエミ及び北野薫は美佳が吐乳する癖のあることを知っていたのであるから、美佳が窒息しないよう、前記(一)の(1)記載と同様の注意義務を負っていた。

(2) 沖崎チエミ及び北野薫は、美佳が吐乳したことに気付かず、漫然放置していた。

(3) 従って、被告会社は右沖崎チエミ及び北野薫の使用者として、民法七一五条の規定に基づき、右両名の事業執行についての前示過失によって生じた損害を賠償する義務がある。

6  損害

(一) 美佳の逸失利益

美佳が本件事故により死亡しなければ一八歳から六七歳まで稼働することができ、その間毎年、昭和五一年度賃金センサス第一巻第一表掲記の産業計・企業規模計の女子労働者の平均年間給与相当の収入を得、その間生活費として収入の二分の一を要したものというべきであるから、複式ホフマン式計算方法によって計算すると、金一、一三二万八、四二七円となり、一方原告らが支払を免れた養育費は年間二四万円とみるべきところ、複式ホフマン式計算方法によって計算すると、金三〇二万四、七六八円となるから、養育費を控除した美佳の死亡時の逸失利益の現価は金八三〇万三、六五九円となり、原告らは、これを二分の一ずつ相続した。

(二) 原告らの慰藉料

美佳を本件事故により死亡させたことによって被った原告らの精神的苦痛を慰藉するためには、各金六〇〇万円が相当である。

(三) 葬儀費

原告らは、美佳の葬儀費として、各金一五万円ずつを支払った。

(四) 弁護士費用

右(一)ないし(三)の合計額は原告各自金一、〇三〇万一、八二九円であり、少なくとも各金八〇万円の弁護士費用は、本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

7  よって、原告らは、被告会社に対し、各自、債務不履行あるいは不法行為に基づき、金一、一一〇万一、八二九円の損害賠償請求権を有するところ、本件においてはそのうち、各自金一、一一〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五三年一〇月一三日から支払ずみまで、年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項の事実中原告らが美佳の両親であること及び美佳が昭和五一年八月二二日に出生したことは認めるが、その余は不知。

2  同第2項の事実は認める。

3  同第3項(一)ないし(三)の各事実は否認し、法律的主張は争う。但し、被告会社が昭和五一年一〇月一〇日から、午前八時から午後五時ころまでの間に美佳を預り、月三、〇〇〇円を委託料として受け取っていたことは認める。

4  同第4項の事実中、美佳が原告ら主張の日時に死亡したことは認めるが、その余は否認する。美佳は窒息死したものではない。乳幼児突然死症候群の一事例である。

5  同第5項(一)(1)及び(2)並びに同項(二)の(1)ないし(3)の各事実は否認し、法律上の主張は争う。但し、沖崎チエミが被告会社の被用者であり、美佳の保育に携っていたこと及び北野薫も美佳の世話をしていたことは認める。なお同人は原告久保美千代に依頼されて世話をしていたものである。

6  同第6項(一)ないし(四)の事実は否認し、法律上の主張は争う。但し、原告らが二分の一ずつの割合で美佳を相続したことは認める。

三  仮定抗弁

仮に被告会社が何らかの責任を負うとしても、被告会社は原告らとの間で、昭和五二年一月一二日、被告会社は本件事故による損害賠償として金五〇万円を支払い、原告らはその余の請求を放棄する旨の和解契約を締結し同日金五〇万円を支払った。

四  仮定抗弁に対する認否

仮定抗弁事実は否認する。但し、見舞金として金五〇万円を受取ったことは認める。

第三証拠《省略》

理由

一  美佳が原告らの長女として昭和五一年八月二二日出生し、同年一一月五日午前一一時三〇分ころ死亡したこと及び原告らが同年一〇月一〇日から美佳を被告会社の設けている託児施設に午前八時ころから午後五時ころまでの間預けていたことは当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば、美佳は授乳後吐乳することが多く、原告久保美千代は被告会社の託児所に勤務していた沖崎チエミからもその旨告げられたことがあること及び原告久保美千代において被告会社の託児所を手伝っていた北野薫に対して美佳が吐乳したことを一度伝えたことがそれぞれ認められる。

《証拠判断省略》

三  本件事故の発生及びその後の状況

《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

1  美佳は、昭和五一年一一月五日午前五時一〇分頃起きてミルクを約一三〇CC飲み、同日午前八時頃本件託児所に到着したが、その後しばらくは眠っていたところ、同日午前九時ころ起きて泣き出したので、沖崎チエミがミルク一八〇CCを与えると再び眠った。

2  北野薫は同日午前九時三〇分頃及び同一〇時三〇分頃の二回美佳のおしめを取替えたが、二回目の際には汗をかいていたので下着も取替えた。

3  北野薫は、同日午前一一時二〇分頃、美佳が口から少しミルクと泡を出しており、また鼻血も少し出ているのに気づき、沖崎チエミや原告久保美千代に連絡をし、同人らが直ちに美佳を富士医院へ運び、同日午前一一時三〇分ころ到着した。

4  富士医院の担当医師、藤田素行は、美佳に生気反応がなく顔面及び四肢蒼白の状態であったため既に死亡しているのではないかと思ったが、美佳を運んできた北野薫らから美佳が口と鼻からミルクを吐いていたと聞き、また美佳の胸を押さえた際口からミルクが出てきたことから、ミルクが気管につまっている可能性があると思料し、酸素吸入や人工呼吸(マウスツーマウス方式)に併せ、同医院備付の吸引装置で口と鼻両方から管を通して吸引したところ、吸引の際の傷害により少し血の混じった固形状になりかけたミルクが出てきたが、他に死因となるべき原因も思い当たらず、美佳がミルクを吐いたと聞いていたことから、右固形状のミルクは気管の中から出てきたもので、しかも気管の中には相当量のミルクが残っているものと推測して、死因を吐乳による窒息死と判断した。

なお、藤田医師は、美佳の口や鼻から泡が出てくるところは現認しなかった。

5  藤田医師は、美佳の死亡を確認した後警察に連絡をとり同日午後零時五〇分から同一時四〇分までの間、藤田医師立会のうえ警察の手によって死体検視が行なわれたが、その際の美佳の左眼瞼部結膜下に蚤刺大の溢血点が三個みられた。

6  同月六日になって今度は医師浜田豊博の手によって死体検案が行なわれたが、その際美佳を動かすと鼻腔から微細な泡沫を混じえる血様液を洩らし、また口腔内にも同様性状の血様液が少量みられ、またその中に麻の実大の泡粒が多数混じっていた。

医師浜田豊博は右状況から美佳の死因を内因性窒息死と判断した。

《証拠判断省略》

四  鑑定人渡辺富雄の鑑定の結果は概要以下のとおりである。

1  美佳の発育は正常であったと判断される。

2  健康な乳児の鼻や口が閉塞された場合には、被覆物体を払いのけるため抵抗し容易に窒息に陥ることはなく、気管内に乳汁を吸引すれば強く咳込んで気道外に排出するので容易に窒息に陥ることはない。

3  突然死亡した乳児が乳汁を洩出していたり、解剖したところ気管や気管支に乳汁が入っていたからといって、吐乳汁吸引による窒息死の証拠とはならない。

死亡した乳児を動かしたり、胸腹部に手を当てて人工呼吸などをすると、胃の中に入っている乳汁が逆流して口の外にまで乳汁が洩出することは珍しくない。

4  吐乳汁吸引による窒息死は、生前に気管や気管支の内に吐乳汁が入り、それによって呼吸ができなくなり死亡すること、わかりやすく言えば、「乳汁による溺死」と同じような現象を呈することであるから、その場合は吸引した乳汁で気管の粘膜が刺激されて咳込むと共に、粘液が分泌され、吸引した乳汁は、肺から呼出される呼気と肺に吸入される吸気とで混合攪拌されて細かい気泡(細小泡沫)を形成し、死亡直後に鼻や口から泡沫液を洩出する。

5  美佳には前項記載の所見は認められない。

もっとも、医師浜田豊博作成の検案書(甲第四号証の四)によれば「本屍を動かすと鼻腔より微細な泡沫を混じえる血様液を洩らし、口腔内にも同様性状の血様液を容れる」との所見があり、同医師は、公判廷で「藤田医師は泡沫を見落としていたのだと思います。医者でも法医学の知識がなければ見落とすこともあるからです。」と証言しているが、美佳の死因が吐乳汁吸引による窒息死であるならば、富士医院に収容され人工呼吸が実施されたときに、鼻や口から細小泡沫液を洩出し、その細小泡沫は鼻口部を再三拭っても洩出するので見落としたものとは考えられない。

浜田医師の右所見は、美佳に対する人工呼吸(胸腹部に手を当てての圧迫の反復)で胃から洩出した乳汁が気管に入り、それが気管中の粘液と交って泡沫液となったもので真の吐乳汁吸引による窒息の所見ではない。若干の泡沫の混入は口腔内の唾液でも形成されるのでその程度を拡大して表現してはならない。

6  乳幼児突然死症候群(SIDS)について

(一)  乳幼児突然死症候群の定義は「乳児または幼児の突然死のうちで、病歴上予知することができず、しかも死後の十分な検査によっても決め手となる死因の実証を欠くもの」というものである。

生後四か月までの乳児に多いが、危険年齢は二歳児くらいまでである。

(二)  乳幼児突然死症候群が一つの独立した症候群として認められるに至った過程は決して一朝一夕ではない。欧米においては一九五〇年代の前半までは主として「鼻口閉塞による窒息」または「吐乳汁吸引による窒息」と考えられ、また一九五〇年代の後半になると「間質性肺炎」などの呼吸器系の急性疾患または「間質性心筋炎」など顕微鏡所見を強調(過大評価)した形態学的所見を主病変(死因)として捉えてきたが、一九六〇年代の前半からは、これらの形態学的所見は死因と直接関係はなく、機能的疾患であることが定説となり、医学界で受け入れられるようになった。

一九七六年世界保健機関(WHO)総会で乳幼児突然死症候群を正式に死因分類項目として採択し、一九七九年一月一日から世界の加盟国で統計処理に用いるようになった。

我国においては一九八一年に厚生省の乳幼児突然死研究班が組織されるようになった。

(三)  厚生省乳幼児突然死研究班において、各分担研究者の研究と、班総会並びにワークショップの討議を通じて、昭和五七年度に研究班全体として合意に達した病理学的診断基準を総括すると次の通りである。

(1) 診断についての充足条件

予測出来なかった乳幼児の急死のうち、次の条件を満すものを狭義の乳幼児突然死症候群とする。

① 既往歴ならびに発見時の状況から判断して、明らかな外因死が除外されること。

② 剖検による肉眼的および組織的観察によっても原死因となる疾患を発見できないこと。原死因とは(イ)直接に死亡を引き起こした一連の病的事象の起因となった疾病若しくは損傷、または(ロ)致命傷を生ぜしめた事故又は暴力の状況をいう。

なお、診断に際しては次の諸事項に留意する必要がある。

(2) 診断に際しての留意事項

① 状況判断について

乳幼児でも、単なるうつ伏せ寝で、鼻口部閉塞による窒息死が起こるとは考え難いので、うつ伏せ寝による窒息死という判定は、十分慎重に行うべきである。

② 肉眼的所見について

イ 窒息死の判定について

窒息死にみられる暗赤色流動性血液、諸臓器のうっ血、粘漿膜下の溢血点は、急死に共通した所見であるから、これのみによって窒息死と判定することは慎重でなければならない。

ロ 気道内吐乳汁吸引について

気道内の乳汁の存在は蘇生術(人工呼吸)または患児の移動によっても起こり得る。従って気道内の乳汁の存在はただちに窒息とは考え難い。

(3) 組織学的所見について

乳幼児突然死症候群に限らず急性死症例では、組織学的検索により原死因とするには軽微な病変が、ことに外界に接する扁桃・上気道・気管支・肺などにみられることがある。従ってこの所見のみで乳幼児突然死症候群を除外することは問題があると考えられる。

7  鑑定結論

(一)  美佳の死因は何か

美佳の死因は、広義の「乳幼児突然死症候群」である。すなわち、広義の乳幼児突然死症候群とは、「それまでの健康状態および既往歴から、その死亡が予測できなかった乳幼児に突然の死をもたらした症候群」である。狭義の乳幼児突然死症候群は、「それまでの健康状態および既往歴からは、全く予測できず、しかも、剖検によっても、その原因が不詳である乳幼児に突然の死をもたらした症候群」と、厚生省乳幼児突然死研究班では定義しているので、この解釈に準拠する。広義と狭義の乳幼児突然死症候群の区別は、剖検(解剖による検査)を実施しているか否かの差である。

(二)  美佳の死因は吐乳による窒息死か。

美佳の死因は吐乳による窒息死ではない。すなわち、吐乳による窒息死であるならば、生活反応(生きていたときに吐乳汁を吸引した証拠)として、死亡当初に鼻や口から自然に洩出または人工呼吸により排出する乳汁のなかに細小泡沫を多量混在している筈である。

(三)  美佳の死亡は乳幼児突然死症候群に該当するか。

美佳の死亡は乳幼児突然死症候群に該当する。すなわち、乳幼児突然死症候群とは、「剖検によってもその原因が不詳である」という、実証を欠き、いかにも信頼性にとぼしい疾患のように思われやすい。しからば、法医実務家が平素手がけている鼻口閉塞による窒息・吐乳汁吸引による窒息・生前に臨床症状を伴わない突然死としての間質性肺炎や気管支肺炎などには歴然たる実証があるのかというと、何もない。有るのは、肉眼的解剖所見として「血液の暗赤色流動性、諸臓器のうっ血、粘漿膜の溢血点」などであるが、これらは窒息死の所見ではなく、突然死の所見にすぎない。美佳に対しては死因確認のための解剖は実施されていないが、外因死すなわち外力の作用による死亡を裏付ける所見は認められない。

五  原告らは、美佳の死因は吐乳汁吸引による窒息死であると主張し、前記認定のように、美佳はミルクを吐くことが多かったこと、死亡当日北野薫が美佳の異常に気づいた際美佳が口から少しミルクと泡を出していたこと、美佳の診察に当たった藤田医師が吸引装置で口と鼻両方から管を通して吸引したところ固形状になりかけたミルクが出てきたこと、美佳死亡後死体を検視した際美佳の左眼瞼部に蚤刺大の溢血点が三個みられたこと及びその翌日死体検案が行なわれた際、美佳を動かすと鼻腔から微細な泡沫を混じえる血様液を洩らし、また口腔内にも同様性状の血様液が少量みられ、その中に麻の実大の泡粒が多数混じっていたこと等原告らの主張に沿う事実も存するが、証人藤田素行の証言によれば、吸引装置で吸引した際出てきた固形状になりかけたミルクが口の中にあったものか実際にはわからないことが認められ、また前記鑑定の結果によれば、口の中や気道内の乳汁の存在は患児の移動や胸腹部を押えた際にも起こり得ること、粘漿膜下の溢血点は急死に共通した所見であること及び若干の泡沫の混入は口腔内の唾液でも形成されることが認められ、さらに同鑑定の結果によれば仮に気管内に乳汁を吸引すれば強く咳込み、乳汁を気道外に排出し得ることが認められるところ、本件全証拠によるも美佳が死亡直前に咳込んだことを窺わせる事実はないばかりか、同鑑定の結果によれば、吐乳による窒息死であれば死亡当初に鼻や口から細小泡沫を洩出し、その細小泡沫は鼻口部を再三拭っても洩出することが認められるべきところ、前記認定のように、藤田医師は右細小泡沫を現認していないのであって、以上の事実に照らせば、前記原告らの主張に沿う事実から直ちに美佳の死因を吐乳汁吸引による窒息死と認めることはできず、美佳の死亡に至るまでの状況、右鑑定の結果等を総合して判断すれば、美佳の死因は、むしろ乳幼児突然死症候群と考える方が妥当であるというべきである。

六  以上のとおりであって、美佳の死因が吐乳汁吸引による窒息死とは認められない以上、被告に損害賠償の責任があるとする原告らの本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないことに帰する。

七  よって、原告らの被告に対する本訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 廣澤哲朗)

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